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「環境問題」という言葉から、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
身近なところでは、ゴミの分別・不法投棄、省エネ家電製品、ヒートアイランド現象、食の安全、湾の干拓や各地のダム・道路建設に見られる自然破壊……。
世界に視野を広げれば、地球温暖化、エネルギー・資源の問題、砂漠化、生物多様性の破壊などなど、現象も課題も複雑多岐にわたっている。
個人はおろか、市町村や一国のなかで解決のつくような話ではない。
一人ひとりがどう行動すべきなのか、取りつく島がないのだ。
最近は「IS014001」という言葉もよく目にする。
わが家の近くのゴミ焼却場にも、「ISO14001の取得」という大きなたれ幕がかかげられ、誇らしげに風にたなびいている。
これは、環境管理の国際規格で、「製品やサービスなどについて、環境への負荷を減らすためのマネジメントシステム」のこと。
2006年1月現在の国内の取得件18数は1万9477件で、世界の総収得件数10万3583件の約19%を占め、世界のトップに立っている。
そのほか、日本では、温暖化対策、緑化運動、エネルギー効率の改善など、さまざまな取り組みが進められている。
環境改善に対する個々の努力は評価しなければならない。
だが、それにもかかわらず、国内外の環境破壊・汚染がおさまりそうな実感はまるでない。
「地球の近未来が危ない」ということは、だれだって感じている。
でも具体的に何をどうすればよいのか、と途方に暮れるいとまもたぶんない。
仕事がある、生活もある、楽しみも必要だ。
そう、「自分ひとりが気をつけたところで、日本全体から見れば1億2000万分の1の効果しかない」。
そして、「まあ、今日、明日に危機が訪れることもなかろう」と、環境問題から目をそらしてしまうことになるのである。
ぼく自身がそうであった。
環境問題への取り組み方をシンプルにあらわした言葉がある。
地球規模で考え、足元から行動しよう。
抽象的ではあるけれど、とても的確な言葉だと思う。
環境問題は多種多様で、そのどれもが緊急の対策を必要としている。
その対策には、問題が発生した現場としての地域の活動が主体となる「足元から行動する」がこれにあたることはいうまでもない。
だが、その地域でひとつの問題が解決したからといって、別の地域でもうまくいくとはかぎらない。
地球全体が、あたかも成人病のようにいくつもの病因によって疲弊しているからだ。
しかも地球は、人間による破壊にたえずさらされている。
「足元からの行動」が地球環境の改善に直接結びつくような妙案はないものだろうか。
この課題については、物理学の基本法則を基礎として、のちほどくわしくお話しするが、結論だけを先に言ってしまえば、ゴミ問題の解決こそが地球環境を変えるもっとも直接的で有効な手段であることを指摘しておきたい。
さて、世界各地で発生している環境問題の傾向を見ながら、「地球規模で考える」ことの大切さを考えてみよう。
春先の中国の黄砂は日本にも飛来する。
近年中国では、きびしい水不足によって砂漠化が急速に進んでいる。
黄河、揚子江という大河はその源をチベットに発するが、その水源を覆う広大な森林が中国人の手によって伐採され、それが水不足あるいは河川の氾濫という被害をもたらしていると推測される。
スウェーデンのような環境規制の厳しい国でオットセイの奇形が見つかっているが、これは、発展途上国で発生したダイオキシンなどの有害物質が海に流れ出し、魚に摂取されたり海流に乗って北の海に到達したことが原因であると考えられている。
有害物質はまず小さな魚によって摂取され、それが次の魚の餌になる。
このような食物連鎖の結果、最後に大型の動物の体内で有害物質が濃縮され、被害が目に見えるかたちとしてあらわれる。
もっとも大規模で広域的な環境汚染が、1986年のチェルノブイリ原子炉の爆発事故によって発生した。
この事故が最初に報道されたのは、1200qはなれたスウェーデンで放射能汚染が見つかったときである(ソ連は当時この事故を公表しなかった)。
しかも、事故の後始末は20年以上たった今もまだつづいている。
このような事例からもわかるように、21世紀の環境破壊の影響は、その事後処理もふくめて、文字どおり地球規模なのだ。
これからの環境問題を解決するためには、いやおうなしに「地球規模で考える」必要がある。
「たこ壷」科学の限界他方、「地域で活動する」ことにも難しさがつきまとう。
「科学者」として地域の活動に引っ張り出されたぼくだったが、物理学研究という「たこ壷」から這い出たことは、楽しいことばかりではなかった。
「ポンド」ばかりでなく、「ウソ」も見えるようになったからだ。
「持続可能な地球を……」「環境にやさしい……」と美辞麗句を並べたてながら、やっていることは科学の常識に反することであったり、市民活動に政党が横槍を入れてきたり、また環境に名を借りて利権を追い求める人々がいることを知って、「何とかしなければ」というあせりを感じることもしばしばだった(そういえば、ここ数年、晩酌の量が増えた)。
また、環境問題の難しさのひとつとして、ある問題にいくつもの意見が対立するということがある。
「(石油や天然ガスなどの)化石資源はあと50年で底をつく」という人がいるかと思えば、「そんなことはない。
数十年も前からそういわれながらも、より進んだ技術が開発されて新しい油田が発見されてきたではないか」と反撃する人もいる。
さらに、「プラスチック製品は燃やすと大気を汚染するというが、ペットボトルは生活の利便性をもたらすではないか」とか、「自動車の排気ガスが温暖化をもたらすというが、自動車がなくて生活できるか」といった議論のすりかえに直面することも多い。
個人的な価値観が入りこんできて、その人が置かれている立場によって千差万別の対応がありうる問題もある。
環境問題には、地域社会に固有の政治的・社会的な要因が複雑にからんでいるので、そのまま結果だけを見ていたのでは、なかなかその本質(それらに共通した一般的な原囚)が見えてこないのだ。
そこで科学の出番になる。
まず、環境問題から、政治、社会、風土など人間活動にかかわる衣をはぎとる。
するとそこに、森林破壊、有害物質、原子力などというキーワードが抽出され、これらの現象を科学の土俵にのせて議論することができるようになる。
ここで伝統的な科学は、個々の問題を、それぞれの専門分野で担当する事になる。
たとえば数学、物理学、化学、生物学、地理学などのなかであつかいながら理解を深めるという手法をとる。
しかし、こうしたさまざまな分野の自然科学は、限られた分野では無類の力を発拝しても、ひとつ分野が離れるとお手上げになってしまう。
しかも近年、このような学問の「たこ壷現象」は、ますます加速している。
伝統的な科学研究が不要である、といっているのではない。
「たこ壷思考」だけでは、境の本質を理解することはできないのだ。
ここで、環境問題を「地球規模で考える」ことの重要な意味を、もうひとつ指摘しておこう。
環境とは自分を取りまくすべてだ。
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